狩野富子97年卒業(7期生)
02年 ニューヨーク市立大学卒業
現在 ニューヨークでジャーナリストを目指して奮闘中
(大阪市立八阪中学校卒業)
「出る杭は打たれる」 諺はお国柄をよく表しますが、国際化の進んだ今でもこの諺は日本人の国民性を的確に表していると思います。 小さい頃からこういう 右に習え的精神が大嫌いで、一人一人の個性を尊重してくれる自由の国アメリカに強い憧れを持ち、YMCAを卒業後、迷わずアメリカの大学に進学することを 選んだ私でした。
最初の二年間をカンザスのコミュニティーカレッジで過ごし、アメリカでも一人でやっていけるということを両親に実証した後、念願のニューヨークにある City College Of New Yorkに編入。 高校時代からジャーナリストになりたいと思っていたので、専攻科目は自然にコミュニケーションと決めました。
住人の99%が中流階級で育った白人だったカンザスとは違い、世界中から色んな人種が集まるニューヨーク。 ここに来て初めて伸び伸び開放的に暮らせるよ うになりました。ニューヨークに来てまず学んだことは自己主張することの大切さ。 アメリカでは自分の意見を言うことは、大切を通り越して生存競争には必 要不可欠なことです。 謙虚という言葉にはなんの意味もないニューヨークでは、自分の意見を言う順番が回ってくるのを待っていてはいつまでたっても発言で きません。 普通日本では「人の話は最後まで聞く」とおしえられますが、自己主張の強い生徒が集まるYMCAで3年間勉強した甲斐あって、他人を押しのけ て発言するというシステムに私はすんなり慣れてしまいました。
ちょうどその頃「出る杭は打たれる」と正反対の諺を知りました。 A squeaky wheel gets oil. 日本語に直訳すると、「よくきしむ車輪ほど早く油をうってもらえる」。 つまり、よく騒げば騒ぐほど人は注目してくれる。 他人と同じ事をしているのでは いつまでたっても芽は出ない。 特にニューヨークの様に変人の多い所ではちょっと騒ぐのではなく、周りが無視したくてもできないくらい騒げと私達生徒にア ドバイスをしてくれたのが大学でお世話になったJill Nelson先生でした。
このアドバイスで私の厚顔さに拍車がかかり、クラスでの発言も(更に)積極的になりました。 ラジオジャーナリズムのクラスで2000年大統領選挙の番組を 制作した時にもプロデューサーを任され、 新聞記者として一人で記事を書くのではなく、 大勢で1つの番組を作り上げる楽しさも知りました。
そして2001年の秋、学校でお世話になっていたもう一人のLinda Prout先生から、学校のプロモーション番組の司会をやってみないかと誘われ、 同年の12月から「Study With The Best」という番組の司会を務めることになりました。 それまではジャーナリストというと新聞記者と いうイメージが自分のなかにはあり、あまりテレビに出ることにも乗り気ではなかったので、最初は楽しいというより、不安でいっぱいでした。 でも Prout先生が番組のチーフプロデューサーで、一緒に司会をしたのは学校で仲良くしていた友達、それに他のスタッフも同世代の人だったため、撮影現場の 雰囲気も和やかで、段々仕事が楽しくなりました。
この様に学校や職場を通して私が実感したのは、自分の意見を持つということは、自分の考えに自信と責任を持つこと。 日本にはない自由を味わえるニュー ヨークでは、自分は自分、人は人という考えが定着しているため、他人のやる事に口出しする人は少なく、何をやっても咎められることもあまりありません。 他人がどう思おうが自分の意見を曲げない。世界中を敵に回しても自分の考えを貫く。 それくらい自分に自信があるからこそ、いいアイデアが浮かび、良い ものが生まれると私は思います。でもそんな個性の強い人がたくさん集まるニューヨークでは、反対に自分をしっかり持っていないと、周りにズルズル引きず られ、悪い方向に進むことも簡単。 麻薬にはまったり、お酒に溺れたり、賭博で破産したり。常に自分の目標は何なのか、自分は何をしにここに来たのか しっかり把握していないと、人生の目的だけでなく、自分自身も見失ってしまうことになります。
私は2002年の6月に無事City Collegeを卒業し、今年幸運にもニューヨークでの就職が決まりました。 今は労働ビサが降りるのを大阪の実家 で待っています。 学生時代は友人や先生に恵まれ、色々な事に挑戦し、成功してきましたが、自立してやっていくのはニューヨークに戻って仕事を始めてか ら。 これからも一番よくきしむ車輪になり、どんどん新しい事に挑戦し、目標を一つづつ達成していきたいと思います。











